こんにちは、赤ペソ先生(@spinf60 )です。
唐突ですが、ペットボトルのフタを集めるエコキャップ運動って知ってます?
アレがどうにも理解できないというか、違和感しかなくって………。
エコキャップ運動とは
エコキャップ運動(エコキャップうんどう)とは、ペットボトルのキャップ(エコキャップと呼ぶ)を収集し、そのリサイクルで発生した利益を、発展途上国の子ども向けワクチン代として寄付する運動である。
出典:エコキャップ運動 – Wikipedia
『ゴミとして捨てられるペットボトルのフタを再利用できる』ということで、学校で手軽に始められるボランティアとしてエコキャップ運動が行われているようです。
うちの長女は中学生ですが(2016年時点)、去年、クラスでエコキャップを集めてました。
どのクラスが多く集めたかを競っていたかもしれない。
エコキャップってどのくらいの量でいくらになるの?
そもそもエコキャップって、どれくらいの量でいくらになるか 知ってます?
こちらのページを見ると、ペットボトルのフタ2Kg(860個)が20円!
その20円で1人分のポリオワクチンが買えるというシステムのようです。
900個近く集めて、たった20円で、それで救えるのは1人って……『どんな修行だよ』と思うんだよね。
けどそんなエコキャップ運動……。
エコキャップ推進協会はワクチンにお金を出していないというニュースも出てきたりして、もう何が何やらですよ。
エコキャップ運動ってリングプル回収運動に似てるよね
わたしはボランティア精神を批判しているんじゃなくて
もっと別の方法があるんじゃないの?と思うの。
『ごみを拾う行為が、だれかのタメになる』この考え方は素晴らしい。
けど……
『ペットボトルのフタのような、捨てられるゴミでも集めると
環境にもいいし誰かのためになる』
という、「おまけもついてお得」みたいな教育はやめたほうが良いと思う。
リングプル回収して車いすを贈る運動に似ている
現在の缶ジュースは飲み口を開けると開封した部分が缶についたままになるステイオンタブという方式ですが、20年以上前は缶ジュースのフタは、開けたら缶から完全に分離してゴミになってた。
そのフタ(リングプル、プルタブ)を集めて車いすを贈るというボランティア活動がありました。
その当時もちょっと疑問を持ってたんだよね。
車いすを送りたいのならリングプルじゃなくて缶を集めて売ったほうが効率がいいのにと。
だってアルミ缶集めて生活している人もいるくらい、アルミ缶はお金になるから。
最近でもリングプルを持ってくる人がいるのか、リングプルをわざわざ切り離して持ってこないようにアルミ缶リサイクル協会はアルミ缶を捨てる時のお願い(pdf)としてホームページに掲載しています。
リングプルの回収発端
リングプルは缶を開けたあと飛散し、「家畜や野生動物が食べて死ぬ」「砂浜などで踏んでケガをする」などの事故がたびたび起きていた。そこで環境・美化運動の一環としてリングプル拾いをしたのが最初の活動だったはず。で、せっかく集めたリングプルを何かに使えないかってことでアルミ資源として換金し、そのお金で宴会するのもなんだから車椅子を買ってどこかの施設に贈ったというのが最初だと聞いた。
出典:リングプル(=プルタブ)集めはもうやめようよ: Round-about
リングプルも、ペットボトルのフタも、もとはこの環境・美化運動の一環だったのだと思うけど、そこにお金が絡んできておかしくなってるんじゃないのかな?
そもそも本質は何なのか考えてる?
私が言いたいのは
- ペットボトルのフタを回収するのが目的なのか?
- ポリオワクチンを世界中の子供達に送るのが目的なのか?
ということですよ。
現在のエコキャップ運動は、ペットボトルのフタを集めることが目的になっているような気がする。
だってポリオワクチンが目的だったら募金した方がどう考えても早いですよ。
ジュース1本我慢して募金しろって話ですよ。
ペットボトルのフタを捨てないように拾い集めてリサイクルする活動と、ポリオワクチンで人命を救うのを一緒にするからいけないんだと思うんだよね。
リサイクルやエコの活動は環境の勉強として独立させるべきで、ボランティアはボランティアとして学ばなければいけないのにエコな活動をしながら人命も救えるなんてスゴくない?という感じになってる気がするんだ。
エコキャップについて調べている時、こんな記事を見つけた。
この論文の中で高校生は、『積極的なエコキャップ運動』をやめている。
環境の観点から考えるとエコキャップがゴミとして出なくなる方が良い。
けど、ポリオワクチンで人を救うためにはエコキャップが必要という矛盾に遭遇してね。
エコキャップに縛られているから、なんというか思考停止してキャップ集めることが目的みたいになっている感じがする。
子どもたちに本当に教えるべきなのは、資源やお金の上手な使い方じゃないの?
ペットボトルのフタを回収するのが目的だとした場合
この場合教えるべきなのはペットボトルのフタをゴミとして出した時の環境に対する影響であったり、さっきの論文から引用するならば4Rについての教育じゃないかな。
- Refuse(ごみになるものを拒否する)
- Reduce(減らす)
- Reuse(再び使う)
- Recycle(再資源化)
そうなってくると1.Refuse、そもそもペットボトル買うなって話になってくるけどね(笑)
使えるものはダメになるギリギリまで使って、できるなら再資源化するのが望ましいのかもしれないね。
エコキャップ運動のためにペットボトルジュースを買うとか子供が言い出したら本末転倒ですよ。
ポリオワクチンで子どもたちを救うのが目的だとした場合
2016/04/09現在 自動販売機でペットボトルのジュースを購入しようとした場合、だいたい160円。
けどディスカウントストアやスーパーだと100円前後で購入できます。
例えばスーパーで売っている100円のペットボトルジュースを購入して130円で売る。
スーパーからは店頭価格で購入するので、当然のことだけどスーパーは損をしないし、130円で売ることで運営側では1本あたり30円の利益が発生する。
普通に自販機で160円出して買うよりも得だから、130円で買った人にもメリットがあるし、差額の30円から20円を寄付に回して、10円を運営費に回したとしても、ジュース1本売れるごとにポリオワクチンが1つ買える
つまり800個のフタを集めるよりも全然効率よくて誰も損をしない。ボランティアの労力だけは必要だけどね。
売れたペットボトルのフタを回収する場所を作っておけば、そのフタが集まればワクチンにだってできる。
こんなふうに自分達の頭で考えて稼いだお金を、よりよく有意義に使うこと。
お金の使い方を考えられるような子どもを育てることが重要じゃないのかな?
労働の対価にしては少ない収益のボランティア活動費で、一握りの人しか救えない活動をするような思考が、ブラック企業的な思考につながってるんじゃないのかな?と思ったりする。
飛躍し過ぎかな。
まとめ
ボランティアをやらないで文句をいうより、やっている人のほうが断然素晴らしいと思う。
ま、私はコンビニでお釣りの小銭を募金する程度ですけど(;´Д`)。
わたしはエコキャップに関して、そもそもペットボトルのフタを分別する意味があるのかな~と思ってる。
と言うのも完全に分別する必要があるのならば、本当はペットボトル側に残っているフタのちぎれた部分。これも切り取って分離しなければいけないのじゃないかな……と。
けどそこまで徹底して分別しなくて良いということは、再処理する時に分離させる技術が存在するか、そもそも分離する必要が無い、ということなんじゃないかなと思うんだよね。
気になる人は調べてください(笑)
そんなわけできょうの備忘録はここまで。
最後までご覧いただきありがとうございます。
またどこかの備忘録で(^_^)/~